「KAWANOWA」な人たち Vol.13前編
オイカワプロダクツ 代表取締役 及川 貴史氏 ロングインタビュー
「仙台の地で、東北らしい革工房を目指す!」

KAWANOWAな人たち

東日本ハンドバッグ工業組合の加盟組織の中で唯一、宮城県・“杜の都”仙台市に本社を置く、オイカワプロダクツ
仙台駅からバスで20分程走ると、閑静な住宅街の中に工房や倉庫が見えてきます。こちらではパートさんふくめ、数名で財布、バッグ製造を行っています。

仙台駅に降り立ちました!

店舗は持たず、OEMとオリジナルブランドを手掛けているオイカワプロダクツを率いるのは、
日本皮革産業連合会が認定する「ハンドバッグソフト1級技術者」資格、「ハンドバッグハード1級技術者」資格を持つ代表の及川貴史氏です。
早速、お話をうかがいました。

バイク好きが高じて革職人の道へ

及川さんは、仙台で建築会社を経営している父の元で、小さい頃から住み込みの職人たちとともに育ち、学校を卒業してからは左官として働き始めました。

オイカワプロダクツ 及川 貴史氏

しかし20代半ばで、当時趣味だったバイクに関連する仕事につきたいと一念発起。バイク愛好家が集まりそうな業界として、ライダー向け革製品メーカーへと転職します。

当時、バイカー向けのレザーアイテムブランドとしてその名が知られていたメーカーへ電話をかけると、「すぐ来い!」と言ってもらえ、及川さんはその日のうちに、仙台から埼玉へ向かいました。

「すでに結婚して子どももいましたが、その時はもう無我夢中で…。今思うと可哀想なことをしましたね」と及川さん。
しかし、そこでの経験は今のものづくりのベースになり、のちのち大きな影響をうけることになります。

最初に配属されたの製造部。一つの製品の全工程を一人で手作りしていくという、当時としては画期的なやり方を貫くメーカーでした。さらに、縫製は足踏みミシンか手縫いで行うというこだわりぶり。

「ここで、『革製品がどうやって作られているのか』、『どうやって人の手に渡るのか』、を知ることができました。他部署の様子も横目で見ていたので、感覚として自分の中に刷り込まれていったんだと思います。」と及川さん。

バッグに使用される部品が並んでいます。

生まれ故郷仙台での独立

4年間、製造部で経験を積んだ後、残してきた家族のために、仙台に戻ることを模索しはじめます。
メーカーの代表とも相談して、仙台に直営店を新規出店することを目標に、ショップでの販売経験も半年積みました。

しかし、時代の流れは非情でした。ユーザーであるバイク愛好者が急激に減ってきて、ライダー向けが主力だったメーカーの売り上げは低迷。仙台への出店も思うように進まず、直営店の話は白紙に戻ってしまいました。

それをひとつのきっかけとして、せっかくならば、東北の地で革製品の工房を立ち上げようと2006年に独立しました。
「最初は分からないことだらけ。でもメーカー時代の記憶を頼りに何とか物作りを始められました。」

東日本大震災の影響

少しずつ機材も揃えていき、仕事もそれなりに入ってくるようになった矢先の2011年、東日本大震災が発生。

津波の直接的な被害は免れたものの、1,2km先には津波が到来し、1週間電気が止まりました。そんな状況の中、お客様に迷惑をかけてはいけないと、及川さんは足踏みミシンで作業を続けたそうです。

製品を何とか納めて、片付けもひと段落したのもつかの間、大きな余震が発生して、また一から片付ける羽目に。
「これはやっていられない」と一時的に仙台を離れる決意をします。

向かったのは、以前から興味があった日本の伝統工芸の織りや金箔など昔ながらの日本の文化を今でも色濃く残している石川県。そこでも様々なものづくり文化に触発され、満を持して仙台に戻ります。

まず手をつけたのは設備の拡張と商標登録。商標は現在では3つ取得していて、KAWANOWAにも出品している「BASE LEATHER」。革以外の素材も扱う「BASE +」。そして女性をターゲットにした「SPARROW」です。

そして設備の拡張を進める際に、東北には革製品づくりのための情報が足りないことに気づき、2014年に「東日本ハンドバッグ工業組合」に加入しました。

「浅草界隈はやはり革業界が盛んだし、技術がすごい。様々な業界内の情報も入ってくるようになり、設備も増やせました。」と及川さん。

前編はここまで。及川さんの行動力に驚かされました。
後編はオイカワプロダクツのこだわりについて、更に伺っていきます。お楽しみに!

◆オイカワプロダクツ
宮城県仙台市若林区沖野3−9−17 022-353-9068

http://www.o-products.jp/

 

文責 ピー・アイ・スクエア株式会社 KAWANOWA 前川弘樹